料理をする際には食材の鮮度に気を使わなければいけません。たとえ一流のシェフだとしても、腐った食材では料理は作れません。逆に料理をするのが私であっても食材がまともであれば、味の保証はできないものの一応食べられるものはできます。文章を書くことも同様です。面白いネタをきちんと料理して提供するのが一流の雑文書きである、ということもできるのではないでしょうか。ただ、「一流の雑文書き」という言葉は限りなく「大嘘つき」という意味に近い気もするので誉め言葉ではないかもしれません。

私のマシンの中には鮮度が落ちたネタがごろごろしています。書きかけのネタならともかく、書き上げたので後はHTMLに変換してアップロードするだけ、といったネタからも死臭が漂っています。私は今までの文章のほとんどを仕事中に書いてきました。この文章も仕事中に書いています。現在13時55分。お昼寝したいです。仕事中であれば、一応お仕事を優先しないといけません。一応です。お金をもらう立場ですから。なーに、帳尻を合わせりゃいいんです。で、お仕事に追われていたりすると雑文を書く暇がなくなったりします。忙しいときは朝から晩まで、時には夜中までひたすら仕事をしなければいけない時もあります。逆に、暇なときは徹底的に暇です。朝から夕方までひたすら雑文を読みつづけ仕事をしないで帰る日もあります。最近そんな日々が続いています。そんな暇な時間を雑文書きに充てます。気分が乗らないときはそれこそ読むだけですが、調子に乗れば2、3本まとめて書き上げます。今日もこれで3本目の文章です。書き溜めた文章は間を空けてアップロードされます。そのため、書き上げてからすぐ日の目を見る文章があればしばらくしてから日の目を見る文章、そしてハードディスクの肥やしとなる文章もあります。

もちろん、速報性が要求される文章もあります。今までの文章ですと、「人の縁」「報告書」なんかはその出来事の直後にアップロードしています。これらの文章に順番を追い越された文章はその後に更新されています。しかし、追い越されつづけて今まで日の目を見ていない文章があります。「記念すべき10本目の雑文は今後の決意でも書いとこうか」などと思って文章を書き上げていた事もあったのですが、「あたしゃ/そんなに/老けて見えるのかい」なんて文章にその座を奪われてしまいました。速報性の勝ちです。で、その文章は未だにハードディスクの中に。HTMLへの変換作業すら行われずテキスト文書のまま放置されています。おそらく今後も日の目を見ることはないでしょう。今更な文章だし。(注:執筆当時の話です。この放置されていた文章は、「質より量」として公開されました)

さて、この文章を書いている現在、2002年4月17日の14時34分ですが、このファイルがアップロードされて日の目を見るのは一体いつなのでしょうか。ひょっとして、この文章も肥やしになるのでは、という考えが捨てられません。肥やしになったらどうしよ。「肥やし専用コーナー」でも作ろうか。


まさか2ヶ月も経過するとは。本当に肥やしになるところだったぞ。しかしこの日の他の文章って何だったんだろ。と思って調べてみたら、ADSL導入cloudの使用ソフトウェア一覧みたいです。ああ、この頃はがしがし書く時間があったんだなぁ。当時の俺、今の仕事を手伝ってくれよ。


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