つい最近、大きな地震がありました。あれのおかげで石川県がどこにあるのか分かりました。いやねえ、富山と新潟は大体知ってたんですけど、九州以東の脳内地図はほぼ未探索なもんで。

地震があると、壊れたブロック塀やら家屋やらが道路にまで溢れて、緊急車両の通行にも影響が出ている映像がよく出てきます。分かりやすい映像ですから。市街地のほうだとある程度災害の影響も考慮して道路を広めに確保できますが、古くからある市街地だとそうもいきません。車両一台通るのがやっとの道幅、その両脇にひしめくブロック塀。実家の近所がそんな感じの道路なのですが、七人乗りの乗用車だと結構ぎりぎりです。そんな道路を四tダンプで全く苦にせず軽々と通り抜ける我が父。慣れというものは凄いなと思います。

そんな狭い田舎の片隅に存在する我が実家。住宅地のど真ん中にあるので、駐車場の確保に難儀しています。いやね、基本的に田舎では駐車場はどこにでもあるといえばあるのですよ。実際うちの実家も常時三台駐車しています。父のダンプと乗用車、それに母の乗用車。問題は盆正月なんかの帰省シーズン。私と妹の乗用車が追加されます。普通の家は五台分の駐車場なんてものは準備されていません。しかもそのうち二台はダンプと大型の乗用車。なんぼ田舎でもそこまで準備はよくありません。

そんな理由もあって、実家のほうでは建設業引退と共に引っ越そうかとも考えていたようです。ただ、息子の立場からはそんな金があるならば生前贈与とかむにゃもごもごとかそういう方に向けてもらえたらなと述べるに止まりました。築二十五年とは言え、まだまだしっかりしている家なのですから、あえて手放す理由も見当たりません。それに手放すとしたら「築二十五年」というものは決していい方向には働きません。それなりのお値段で買い叩かれるのがオチです。いや本当まだまだ十年単位で頑張れると思うんですけどね。床が抜けるようなとこも無いし。

そんな話をしたのは正月だったと思うのですが、先日所用で実家に戻った際、母が開口一番「年内に引っ越す」と言い出しました。いや、ちょっと待て。何があった。まあ、話してみなさい。と、促すまでも無く一から十まで話してくれました。事の発端は実家近所の道路。両側にブロック塀が存在し、ダンプ等は通行に難儀する狭さです。この道路は、本来は三井鉱山の所有物だったようです。で、「道路」としては荷車程度しか通れないようなもので、両脇部分はその脇の土地の所有者が「善意で」道路として提供しているものだった、と。三池鉱山が栄えた当時の歴史を物語ってくれます。実家の周囲が住宅地として売り出された当時はそんなもんだったのでしょう。戦後ちょっと位で整備され、その後消防法とかそういう絡みで道路の部分が確保されたのではないかと推測しています。少なくとも、消防車や救急車が通れないと色々と大変な事になりますから、まあ譲り合いの精神でどうにかこうにかやって来たのではないかと。

が。戦後六十年。二十一世紀にもなるとそういうあれこれもどっか行っちゃうようで。「道路の半分は俺の土地だからお前ら入るな」という家が出てきました。いや、入るな言われても、道幅全部使ってもひいこら言わないと実家に辿り着けないのですが。しかし、去年の、そして今年の正月の段階では、工事現場に置かれるプラスチック製のポールを置いて牽制する程度だったので、こちらとしてもあえて刺激する様な真似をせず、触らぬ神にたたりなしと言うか、君子危うきに近寄らずと言うか、まあ困ったさんは放置しようという事になってました。それが先日の状況では。ブロック塀が生垣になってました。いや、それはいいんですよ。ブロック塀も二十年以上前から存在するわけですから、古くなったので改修したのかもしれません。それはいいんです。生垣の足元に、一歩前進したブロック群がなければ。なんでも、道路にはみ出した塀もセメントやコンクリで固定しないのであれば法的に問題ないそうで。固定されてないんだから蹴っ飛ばせばブロックが動いて生垣にダメージが行きますが、まあそれはさておき。

一歩前進されると、いままで「ぎりぎり」だった道幅が「マジぎりぎり」くらいまで狭くなります。しかもT字路の横棒部分が全体的に一歩前進であり、しかも実家は縦棒部分であり、さらに交差点の片方は畑(段差約一メートル)、もう片方には電柱という観点から、曲がるときはそれこそセンチ単位の運転を要求されます。私が通ったのは昼間だったからよかったものの、夜間であれば寄せたり切り替えしたりの努力を放棄しそうです。んで、ご近所さんには努力したものの脇の電柱でがっつり擦った方もいたそうで。こりゃ堪らんと、近所の方々と話し合いの場もあったそうです。ですが、ここで田舎の美徳である「口は出す、金は出さん」が発揮されたようでして。しかも、中には「俺は別にどうでもいいからお前らだけでやれ」という方もいたようで。たまたま持ち回りの班長として間に立った父はブチ切れ金剛です。もうやってられるか、引越しだ、と。ついでに電柱でがっつり擦られたご近所さんも同様に引越しだ、と。

かくして、「年内に頑張って引っ越そう計画」が発動となりました。現在目を付けている土地の購入可否が分かるのが四月末。これで購入に成功すれば全力で引越しに向け動くようです。購入失敗ならばその近所の土地が夏頃売りに出されるのでそれを狙うそうで。生まれ育った家に愛着はありますが、困ったさんとお付き合いする義理もありません。何より、生前贈与とかそういうあれこれががっつり目減りする計算ですので個人的な恨みもあります。さらば、熊本県荒尾市の某地区よ。もうこんな土地には戻って来ねえよ。や、引越し先も荒尾市内の予定ではあるのですが。

それにしても。T字路の縦棒部分には七軒の住宅が存在します。その先は行き止まり。純粋に、この七軒のみの問題なのですが。我が実家、そしてもう一軒のお宅が引っ越すとなると、残り世帯の平均年齢は、推測ですが少なくとも七十歳を超えるかと思います。うちの親父ですら「若手」なのです。「地域の活力」とかそういう観点からは既に諦めていたのですが、さらにこういう面倒な事になると大変なんじゃないかと。だって、ねえ。「緊急車両、通らないよ」と思うんですけど。救急車の場合だと、最初から諦めてT字路部分から担架を持ってきてくれるならともかく、「頑張ったけど動けませんでした」となったら一刻を争う場合は大変な事になるのではないかと。それどころか消防車に至ってはホースが届かないのではないかと。一体どうするんでしょうかねえ。既に他人事なんでどうでもいいんですけど。


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