二十年以上も生きていると、「ああ、明日突然命に別状ないくらいの事故にあって一ヶ月くらい入院できないかな」なんて思うことは何度もあることでしょう。その理由としては、小さなものでは「宿題をやってない」なんてものに始まり、大きなものでは「デスマーチ確定」なんてものだったり。例えば、来週から本稼動をするシステムにおいて、未だに仕様が決まっていない、なんてものも逃げ出したくなる理由としては十分だと思うのです。この手の妄想は「入院」という自分だけが逃げられるものの他に、「突然の大災害で一ヶ月くらい避難生活を強いられて仕事できません」なんて種類もあります。九州地方だと台風を初めとする風水害があります。また、地震大国と言われる日本ですから震度五から六程度あれば仕事する気があっても、交通網が寸断されて仕事にいけませんてへっ、という事態は十分考えられます。

そんなわけで、身の周りには被害が及ばないことを願いつつ、天変地異が訪れることを期待していました。躁鬱で言うと鬱な時期ですんで仕方ありません。決まらない仕様がいけないんです。その日、三月二十日も前日の休日出勤の疲労を癒すため、ごろごろと朝寝坊を貪っておりました。

現在私が居を構えるのは福岡県前原市。仕事場がある福岡市へは電車とバスを利用して片道一時間程度かかります。若干距離はありますが、物価や環境を考えると子育てには適している地域です。「市民一人当たりのパチンコ台数日本一」という統計があるそうですが、まあ良くも悪くも田舎です。そんな田舎が突然全国区のニュースに出てくることになりました。

ガタッときたのは午前十一時前。屋内には私が一人で寝ており、妻子は家の前で遊んだり洗濯物を干したりと、ごく普通の休日を過ごしていました。最初の揺れはともかく、しばらく、それも結構長い時間続く地震に対して私が思ったことは、「天井が落ちてこないだろうか」という事でした。なんせ築四十年。一発でかいのが来るとそのまま墓標になりかねません。起き上がるのにも難儀する状況ですので、天井を凝視するくらいしかできません。幸い生き埋めになることはなく、揺れが収まってからテレビを点け、また外の様子も伺います。遊んでいた家族は無事なようでした。瓦なんかが落ちた形跡もありません。しかし、テレビでは地震速報はまだやっておりません。結構大き目の地震だと思いました。多分、震度四くらいはあるだろうと。ええ、四くらいだと思ったんです。

あとはご存知のとおり。福岡県前原市は見事、震度六弱の記録を達成しました。しかし、その時も思ったのですが、「あれが震度六弱?」と。家の中の被害というと、
・冷蔵庫の上の時計が落ちて、周囲のプラスチック部分が割れた。
・紐で束ねておいた新聞紙が雪崩を起こした。
・棚の中の食器類が倒れた(床には落ちず)。
・PCの上においてたガンプラが落ちた(無傷)。
これくらいです。もっとこう、「外壁が崩れた」とか「高速道路が崩壊した」とか、そういうインパクトのある被害が出そうなものなのに、実質的な被害は皆無なのです。記録を紐解くと、震度六というのは阪神大震災における神戸中央区中山手や洲本市小路谷と、おそらく最大級の被害が起きた地域になります。あれくらい、とまでは言いませんが、もうちょっと、こう、ネタにできるような何事かが起きてもよさそうな気はします。

勿論、被害がないからこそこんな事が言えるという事は理解しています。しかし、一応数値の上では甚大な被害を被ったはずなのです。義兄に至っては、携帯に電話を掛けても繋がらなかったため、ご丁寧に実家に対して死亡説を流してくれたそうです。たった二回電話に出なかっただけで死亡説というのもどうかと思いますが、実際「震度六弱」というのはそれくらい被害が出てもおかしくないイメージがあります。
それなのに。ああそれなのに。仕様は相変わらず決まらず、納期も相変わらず延びず、日常は相変わらず続いているのです。納期が延びるには震度六弱では、マグニチュード7.0では足りなかったというのか。

しかしあれですな。本来ならば不謹慎とも言えるネタですが、無傷とは言え一応被害者なんでネタにしてもあんまり怒られない、というのはいいですな。実際、直後の被害はそれほどでもなかったのですが、時間がたつにつれて、「井戸水に泥が混ざっている」という被害が見つかりました。余震の影響で、水が元に戻るにはしばらく時間がかかりそうです。市役所に「井戸水に泥が混ざってるんでミネラルウォーターを買うお金をください」と言ったってくれないだろうしなあ。


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