子供の名前を付けるために、いろいろな資料を漁りました。高専卒業以来初めてではないかと思われる国語辞典のほか、ネット上の様々なサイトも訪問しました。んで、その中で、「つけていい文字、つけられない文字」という話を見つけました。

「鳩」はいいけど「鷲」は駄目、「苺」もつけちゃいけません。そんな話でした。ただ、つい最近人名用漢字にいろいろと追加されたそうなので、もうすぐ苺ちゃんという名前も付けられるようです。もう付けられるんだっけ?調べずに書いていますが、私の場合は長男も次男も無難な名前をつけたつもりですので、あまり関係なかったんです。

この人名用漢字。あくまで「名前」のほうの制限にしか使用されません。そう、「名字」は無法地帯なんです。いや、無法というのもどうかと思いますが。理論上は増えないんだし。この世に新しい名字が増える時って、外国人が日本に帰化した場合くらいですかね。

んで、無法地帯な名字ですが、名字として使われる文字には様々なものがあります。「この漢字の組み合わせでこう読むんだ。実在する名字だよ」なんてものはよくクイズなんかで見受けられますが、今回は読みは無視。書きの方の話です。

さて、どんな漢字でも使える名字。所謂「嘘字」というやつも使えます。と言うか、私の名字にその嘘字が含まれています。戸籍上では「濱」という文字が含まれている私の名字。様々な書類では「濱」という文字が使われています。身近なところでは免許証でしょうか。厳格な書類以外では「浜」という文字を用いたりもします。三文判なんかだと、「濱」の方は特注だったりするので「浜」の側を使います。

さて、この「濱」の文字。分解するといくつかの部分に別れます。まず、へんの部分。『さんずい』の部分ですね。つくりの方はさらに幾つかに分解できます。上から順に『うかんむり』、『漢数字の一』、『漢字の「少」みたいなの』、『漢字の「貝」』といった具合です。途中で「『少』みたいなの」と表現しましたが、よく見るとこの部分、『少』という文字とはちょっと違うんです。正確には一番右側の『点』の部分がないんですね。一番最後の『はらい』に吸収されたような文字になっています。

この「濱」という字を私が覚えたのは小学生の頃でした。それ以来ずっと書き続けていました。間違った文字を。『点』がないなんて気付きませんでしたよ。だって、「来賓」の「賓」という文字には『点』があるんですから。

今から四年程前。就職試験を受けるために書類を書き、学校推薦であるために教授の確認を得ようとしていた時の事です。「この『濱』の文字は間違ってるんじゃないのか?」と教授に聞かれました。いやいや、何をおっしゃるのですか。ちゃんとこの字ですよ。間違ってますか、と聞き返す私。しかし教授は実印を根拠になおも間違っていると言い張ります。「この印鑑には『点』がないじゃないか」と。わかりました。それじゃ、そこの広辞苑で調べようじゃないですか。広辞苑に載ってる方が正解でいいでしょ。ほら、「濱」の字には『点』が……ない!?

教授の確認もへったくれもありません。その夜は家族会議です。だって、家族全員が何の疑いも無く嘘字の方を書いてたんですから。広辞苑見せたら皆ビックリしてました。特に、親父の衝撃は凄いものでした。そりゃそうでしょう。五十年近く正しくない文字を書き続けていたわけですから。あ、ちなみに家族会議の結果は「間違ってようが訂正するのは面倒だからこのまま嘘字を使い続けよう」でした。翌日、改めて教授に尋ねられた際も「当家の伝統で御座いますゆえに」とか適当に誤魔化しましたし。

結婚直後の私の相方も同じ目にあったようです。こちらは免許証の更新時に聞かれたそうで。フォントの関係で云々という説明をしましたが、どうも納得してくれません。「我が家の伝統では嘘字を使うことになっているのだ」とも言い張りましたが、頑として聞き入れてくれず、我が家では二つの名字、嘘字を使うほうと嘘字を使わないほうが存在しています。夫婦別姓みたいなもんでしょうか。違うか。

相方の場合は使い始めて一ヶ月も経たない時期でした。それ位だと正しい文字に矯正できるようです。
私は十年以上使い続けていました。もはや矯正は不可能です。
親父に至っては半世紀近く嘘字を使い続けていました。論外です。
と、こんな具合に嘘字を使い続けた期間が短いほど、嘘字の呪縛からは抜け出しやすいようです。さて、ここで一つの疑問が浮かんできます。
「一体、いつから嘘字が使われているんだ?」

親父が諸悪の根源ではなかろうか。それを母がそのまま疑いも無く使い始めたのではないだろうか。そうも考えました。それとも、祖父から既に間違っていたのだろうか。はたまた、それよりも昔からなのだろうか。この辺は、既に祖父が他界した現在では確かめる術はありません。ありませんが、先日、ひょんな事から「先祖代々間違えていた説」が正しいのではないかと思うようになりました。

先日、従兄弟の結婚式に出席してきました。兄弟を除くと父方の従兄弟では最も歳の近い従兄弟です。いろいろと親しくしてくれました。また、私がこんな仕事をするようになった元凶でもあるのですが、その辺はまた改めて。んで、神前式も隅っこの方で見てきたんです。「ああ、今回の巫女さんは外れだなぁ」という些か罰当たりな事を考えていたのですが、新郎新婦の署名の際に見てしまったのです。

誓詞に氏名を書く従兄弟。厳かな雰囲気の中ですが、私は見逃しませんでした。従兄弟の手が嘘字を書いたことを。ばっちり「賓」と書いてました。存在しないはずの『点』の部分を心を込めて書いてましたから。所謂本家の人間である従兄弟が嘘字を書いていたという事は、同居していた祖父も嘘字を書いていた可能性が高いと考えられます。そうなると、その祖父はやはり曽祖父あたりから嘘字を受け継いでいたという事になるのでしょうか。脈々と受け継がれる嘘字の伝統。関係者の皆様は是非とも絶やさないように努力していただきたいものです。や、うちはどうにも分が悪いもんで。相方は嘘字撲滅運動実施中だし。

あ、忘れてた。某兄ちゃん、結婚おめでとう。五歳年下の奥さんというのはちょっと卑怯だと思うけどお幸せに。


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