私はクーラーがあまり好きではありません。日中、どうにも我慢ができないときなんかはお世話になりますが、寝ているときは可能な限り扇風機を使います。ある、寝苦しい夏の夜の事です。その日も、暑いなぁと思いながら枕元の扇風機から生み出される生ぬるい風に当たっていました。

暑い、寝苦しい、とは言いながらも寝ないわけにはいきません。寝ないと明日が大変です。朝っぱらから電車の中で寝過ごして2駅も乗り過ごして遅刻ぎりぎりになったりします。あの時は大変でした。再度大変な事にならないように、ちゃんと睡眠をとっておかなければいけません。寝るぞー、寝るぞー、寝るぞこん畜生。寝るのだー。訳の分からないうめき声をあげながら布団の上をゴロゴロしています。傍から見ると暑さにやられた可哀想な人のようです。

ふと、その動きが止まります。
『……ギィッ……』
ん?なにか音がした?……気のせいだよな。床下から聞こえたような気がしたけど、こん『……ギィッ……』から音……え?

動きを完全に止め、全神経を耳に集中させます。あれは一体何の音だ。警戒している私の耳に「音」が聞こえてきます。
『……プーン……』
蚊の羽音。間の悪い奴だな、この野郎。やつ当たり気味に蚊を叩きます。3回ほど拍手を打って敵機は沈黙しました。我が軍の勝利です。わーわー。って、えーい、敵は空軍ではない、陸軍なのだ、と再度床下の物音に耳を澄ませます。

『……ギィッ………………ギィッ……』
空耳ではありません。たしかに、下から何か聞こえます。定期的に聞こえる事から、最初は何らかの機械音かと思いました。しかし、今は夜中。床下換気扇は日中しか作動しない設定になっているはずです。また、それ以外に床下には何もないはずです。という事は、「床下に設置してある何らかの機械の音」という線は消えました。

という事は。生物、なまものである可能性が最も高い、ということになります。定期的に聞こえてくる音はこの生物のいびきではないでしょうか。では。この生き物は一体何なんでしょうか。
犬?いや、犬だとしたら、先程聞こえた近所の犬の遠吠えに反応しているはずです。犬ではないでしょう。
猫?猫にしてはちょっとサイズが大きすぎるような気もしますが、ありえないとは言い切れません。最有力候補です。
イタチ?いるのか、こんな所に。地元の友人宅の近所には出るそうですが。もっとも、あの辺りはムササビだかモモンガだかも出没するような場所だからなぁ。見た事ないけど。
鼠?そう言えば、数日前にテレビの後ろを横切った生き物は、灰色で長めの尻尾が生えてたような……って、その時の鼠はどこに行ったんだ?いや、でも鼠にしては大きすぎだろう。地面から屋内まで聞こえるいびきをかく鼠って、どれくらいのサイズなんだよ。

考えてても埒があきません。ここは一発実力行使です。音の発生源の真上辺りを全力で叩いてみます。寝ている生き物であればこれで起きるでしょう。そうすればいびきと思われるこの音も止むはず。そう思い、床を数回叩きます。さて、音は止んだかな?
『……ギィッ………………ギィッ……』
止んどらんがな。

一体何の音なんだ。枕に突っ伏した私の耳に、さらに大きな音が聞こえてきます。音の発生源は確実に私に近付いて来ているようで、既に枕元の辺りから音が聞こえてきています。暑さのせいか、「お父さん、魔王が、魔王が来るよー」と、中学生の頃に音楽の授業で聞いた曲が頭の中で流れてきます。魔王が枕元に来て……え?枕元?

しばし考えた後、扇風機のスイッチを切って床下の気配を探ります。
『…………………………………………』
再度、扇風機のスイッチを入れてみます。
『……ギィッ………………ギィッ……』
切る。
『…………………』
入れる。
『……ギィッ……』
考える。

自己嫌悪に陥ったため、それから寝付くまで一時間ほどかかりました。何が「生物である可能性が最も高い」だよこの野郎。扇風機の動作音じゃないか。「魔王が来るよー」って、お前は子供か。いい歳して。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」ってまさしくこの事じゃないか。いいんだ、いいんだ。ネタが出来たから。ぐすん。


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