幼少時、夕食時に父が晩酌をするところをよく見ていました。当時はまだ休肝日という概念が無い時代。毎日飲んでいたような気がしますが、そうでもないような気もします。仮に毎日飲んでいたとしても問題はありません。そもそもの酒量が多いわけではありませんでしたから。飲んでいたのは瓶ビール。一本の瓶ビールを数日に分けて飲んでいました。今でも瓶ビールというと、ラップの栓をしてそれを輪ゴムで止めた飲みかけの瓶が冷蔵庫に置いてある光景を思い出します。

そんな父ですが、最近はビールだけではなくその他の様々な酒類に挑戦しています。まあ、熊本で生まれ育ったんで焼酎なんかはそれ以前にも嗜む程度には飲んでいた事でしょう。自宅で飲んでいた事はありませんでしたが、飲み会なんかで勧められることもあったのではないかと想像できます。最近は自宅にも置いてあるようですが、それほど飲んでいないようです。正月に飲んでいるところを目撃したのですが、それほどお気に入りではないようです。お湯割にしてちびちびやっていたのですが、「(焼酎には)慣れないなあ」と。いや、還暦間近にしてわざわざ慣れようとしなくてもいいじゃないか。ビールでいいじゃないか。ビールおいしいじゃないか。発泡酒だっていいじゃないか。

様々な酒類に挑戦する父は、その挑戦中の各種酒を居間に置きっぱなしにしています。父の居間での座る場所はほぼ一定なのですが、その背後に酒瓶が十本近く。丁度そこにピアノが置いてあるのでピアノの椅子や掛け布に隠されているのですが、ちょっと覗き込めばアル中もかくやと言わんばかりの充実振りです。焼酎や日本酒、マッコリに自家製の梅酒まであります。さらに、お中元やお歳暮でもらう缶ビールは別の場所に置いてあります。しかも、どんどん増え続けています。マッコリや梅酒は正月には置いてなかったんですから。

しかし、父の肝臓を心配する必要はありません。「脅威のハイペースでチャンポンにしてザルのように飲んでいるにもかかわらず、それを上回るペースで酒が増えている」というのならば心配もします。が、実際は「人並み以下のペースでしか酒を飲まないにもかかわらず、好奇心は人一倍なんでそれ以上のペースで酒が増えている」というだけです。飲む量よりも増える量が多いわけですが飲む量は健康に害を及ぼさない程度ですし、ストックの増加量も決して非常識な量ではありません。マッコリや梅酒が増えたとは言え、その頃飲んでいた梅酒や焼酎は未だに同じ瓶が置いてあります。さすがに中身は減っていますが、正月から半年が経過している事を考えるとまったく問題ありません。もっとも、メインは未だにビールである事を考えると、ただ単にビールを一缶開けてそこからさらに焼酎だの日本酒だのとはいかないだけなのかもしれません。

実家で飲まれる酒類はビールばっかりだったため、大事になりかけたこともありました。小学生の頃、今から思い出すと父が勤め先を辞めて独立した日になるのでしょうか。父の仕事仲間が集まって、ご馳走を食べてお酒を飲んでと季節外れの宴会が我が家で行われていました。料理は十分あるのですが、なにしろそこにいるのは建設系の職人ばかり。必然的にアルコールばかり消費されます。特に日本酒が。台所のガスコンロでは常時熱燗が生産されていて、順番待ちの徳利が並んでいる状況でした。

「日本酒は温めて飲む事もある」程度の知識はありました。ですが、所詮そこまでの知識しかありません。「強火にすればどんどん温かいお酒ができるんじゃなかろうか?」と考えた私を誰が責められましょう。火力全開にしてその場を立ち去った私は、数分後に母の大声が聞こえて台所に戻るまでその行為が何を意味するか分かりませんでした。いやあ、日本酒って、燃えるんですね。台所に戻った私が見たものは、ガスコンロにあった徳利ランプでした。いやね、こう、徳利は徳利で火にかけてあるんですよ。で、徳利の注ぎ口からこう、火がアルコールランプのように。母もびっくりした事でしょう。徳利が火を噴いてるんですから。しかし私の説明で納得したようです。状況的には私が怒られなければいけないのですが、なにしろ徹頭徹尾善意で行った事ですので注意だけで済みました。結果的に熱燗生産が激しく滞ったのは言うまでもありません。

先日自宅で夕食時に貰い物のビールを飲んでいました。私が自宅で酒を飲むのは殆どが深夜、しかも酎ハイです。「夕食時にビール」というのはそれが初めてでした。よほど珍しかったのでしょう、長男がいろいろと聞いてきます。「それ何?」「ビールってどんなの?」「酔っ払うとどうなるの?」等々。お約束通り「じゃあ一口飲んでみるか」と誘ってみましたが、「しゅわしゅわするのは嫌い」と言われました。いやまあ確かに発泡してますが。

しかし、自分で飲んだりはしませんが「酔っ払い」というものには興味があるようです。私がビールを飲み干すたびに「もう酔っ払った?」と聞いてきます。酔うも何も、私が手にしているビールは250ml缶。軽くいい気分程度にはなりますが、それで「酔っ払う」というレベルまでいくかは疑問です。それが残念だったのか、ビールを飲み終わって「ちょっと酔っ払っちゃったなあ」という私に対して「もっとちゃんと酔っ払って」と強い口調で言ってきます。

私の幼少時、父親の晩酌はビールばかりでした。結果として、ビールの飲み方を知る事はできましたが、熱燗の仕方は知らないままでした。今、私の息子は父親の晩酌を見る事はありません。という事は、熱燗の仕方はおろかビールの飲み方も知らないままに成長していってしまいます。これはいかん。ちゃんと父として息子達に晩酌とは何かをその身をもって教えていかねば。と意気込んでスーパーの酒売り場に行ってみたのですが。いやあ、ビールって高いね。おじちゃん酎ハイばっかだったんで知らなかったよ。ビール買うくらいなら発泡酒でいいじゃん。毎日飲むとお金がかかるから週一くらいでいいじゃん。かくして、私の晩酌計画は「毎日夕食時にビールを飲んでたまに泥酔」から「週一くらいで発泡酒を一本飲んでいい気分になる」までぐぐっとランクダウンするのでした。私が見た父の背中と比較して、息子達が見る父の背中は随分としょぼくれているようです。


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