実家から突然電話がかかってくる、という事は特に珍しい事ではありません。いや、珍しいかな。そんなに電話がかかってくる理由なんて無いし。こちらからも平均して月に一回程度くらいしかかけませんし。要件の殆どは帰省に関して、それ以外はだいたい冠婚葬祭絡みです。でも、子供達が突然「お婆ちゃんに電話する」と言い出すこともあります。双方の実家としても、子供よりは孫からのお電話のほうが嬉しいようです。

さて、やっぱり珍しい実家からの電話。帰省にも冠婚葬祭にも関係ない話がごく稀にやってきます。かれこれ二年ほど昔の話。仕事から帰ってくると、私の実家から電話があったと相方が伝えてくれました。

で、何の用事だったの?
「それがね、『明日から株式会社になるから』だって」
は?

そんな突拍子も無い話を聞いて、一体何ができるでしょうか。たしかに、実家は自営業であり、有限会社だったわけだから株式会社になることも可能でしょうが、いや、ちょっと待て、「明日から」とはどういう事だ、といろいろ混乱してしまいました。

そもそも、一般的な感覚として、「有限会社 = 小さい会社」「株式会社 = 大きい会社」というイメージがあると思います。「地方の零細企業」と言われると有限会社や合資会社なんかの事が殆どでしょうし、「テレビや新聞で報道される大企業」というと殆どが株式会社です。また、有限会社より株式会社の方がガッポリ儲かってそうな感じがします。その感覚に従うと、「明日から実家は大企業」というなかなか想像しづらい事態になってしまいます。
「明日から大企業」って、従業員数一桁で何を言うか、と。
社長が朝から晩まで日曜祝日関係なく仕事している会社のどこが大企業なのか、と。
自宅の一室が事務所であり、外から入ろうとすると入り口に飼い犬が寝転がっていて初見の人は驚くような会社のどこが大企業なのか、と。
そもそもそんな事を一言で済ますな、と。

それ以降の続報がなかったので、次に帰省したときに聞いてみました。株式会社云々とは一体何の冗談なのか、と。すると、ある書類を見せてもらいました。なんでも、県庁に提出した書類だとか。そこには、たしかに父の会社の名前が、そして「株式会社」という文字が。

「うちは株式会社になりますよー」といった書類らしいのですが、そこには二人の部外者の名前もありました。外部なんたら役だとかいう、既に名前も覚えていない役職だかなんだかの欄には、お世話になっている税理士さんと母の妹、つまり叔母の名前が。税理士さんはたしか父の従兄弟だったはずですので、親戚の名前しか載っていないわけです。なんでも、株式会社になるにはそういう役職を準備しておかなければならないそうで。冗談で「じゃ、俺をその役職にしてくれればよかったのに」と言ったのですが、「それも考えたけど、その人が引越しする度に書類を提出しなおさなければならないので面倒だった」と真面目に答えられてしまいました。たしかに、あと数回は引っ越す私よりは、持ち家にお住まいの二人を使った方が手続き上は楽そうです。

ちなみに、「役職は無給だよ」とも言われました。しかし、無給であっても私には関係ありません。むしろ、その「役職」の方に興味があるのですから。「ある時はプログラマー、またある時は雑文書き、そしてまたある時は株式会社役員(無給)」と、無駄に肩書きが増えるわけです。

昨年末にこの話を思い出しまして、肝心な事を聞き忘れていたことに気付きました。「一体、何故に株式会社になったんだ?」と。当時、従業員が増えたとか、増収増益ガッポガッポとか、それに類する景気のいい話を聞いたわけではありません。何も変化が無いわけですから有限会社のままでも問題ないはずです。事実、事務所前、即ち実家前にある看板には、未だに『有限会社』と書いてあります。思い出したんで母に聞いてみることにしました。

「ああ、その話ね」
なんか深い理由でもあるの?
「ちょうどあの頃、大きい仕事を受注できたのよ。で、うちの下請けとしていくつか大きい会社が入ってきて」
ふむふむ。
「で、体制図を書いてみたらうちだけが有限会社で他は全部株式会社だったのよ。そしたらお父さんが『座りが悪い』って言い出して」
……は?
「『株式会社に指示を出すのが有限会社』ってのが嫌だったみたいで、『うちも株式会社にしよう』ってなったの。で、経理の都合上、『じゃ、早くしましょう』となって、株式会社になったわけ」
そんな単純な理由で?
「単純な理由で。株式会社になったらなったでいろいろ面倒だったんだけどね。そうそう、○○とかやっとかなくちゃいけないんだけど忘れててねえ、あっはっは」

「あっはっは」じゃねえよ。ネタにできない事を言うなよ。しかし、いろいろ深読みもしたんですよ。不動産にいろいろと手を出してるから、税制上有利とかそういう考えがあるんじゃないか、とか。公共工事の入札にいろいろと有利なんて考えがあるんじゃないか、とか。「他社との取引の上でいろいろと有利なんて考えがあるんじゃないか」という読みはニアピン賞でしたが。いや、しかし、まさか「見栄」だけでしたか。それは予想できんかった。


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